未来のかけらを探して

3章・過ぎた時間と出会いと再会
―38話・長い身の上話―



急に話を持ちかけられたことに戸惑いつつも、
ロビンはくろっちと共に船長の提案に熱心に耳を傾けた。
何でも彼の上司は、いずれ自分の国が人間と接触を持つ機会を得るであろうと考えていて、
人間についてよく知っておきたいという希望があるのだという。
そこでロビンを本国に連れ帰り、彼の特技も含めて生かせないか相談したいのだと言った。
「(どうする?)」
「どーするもこーするも、こんなどこの近くかわかんねー海の上で拾ってもらったってのに、
お礼もしないでさようならはまずいだろ?
それにおれ達、仕事もないんだぜ?」
今はプーレ達とはぐれて、現在位置すら不明。
送ってもらうという手もあるだろうが、
助けてもらって何もなしというのはロビンの気が済まない。
それに、バロンを出てからはずっと定職がないのだ。
海に落ちたときに路銀を落としている可能性もある以上、
この後旅を続けられるか分からない。
まだ詳細も分からないのだし、話を聞いても損はないだろうとロビンは考えた。
「(じゃあ、このままご一緒させてもらうんだね?)」
「おう、もちろん。
船長さん、そういうわけなんで、このまま同行させていただこうと思います。」
「よかった。それでは、しばらく船内でごゆっくりお過ごし下さい。
つくまでにそう時間はかかりませんので。」
返事を聞いてほっとしたような顔を見せ、頭を下げてから退室していった。
船長は忙しい仕事だから、あまり抜けてもいられないのだろう。
「……さて、返事しちまったし。あー、これからどうなっかな?」
「(さあね。まあ、悪いようにはならないと思いたいよ。)」
「んー、大丈夫だろ!遭難者を助けてくれる船に、悪い奴はいないって。」
海で溺れかけている異種族を助ける位なのだから、
相手は魔物とはいえかなり人徳があるに違いない。
荒っぽい見た目に似合わない位丁寧な態度であったから、ロビンは余計その印象が正しいという自信が持てる。
「(やれやれ、ポジティブだね。)」
くろっちは首を少し引っ込めて軽く羽を震わせ、肩をすくめるような仕草をする。
「暗くなったってしょうがねーって。お前心配しすぎじゃねーの?」
「(誰かさんが脳天気だからね。)」
しっかりロビンを皮肉ることだけは忘れない。
そういう自分は嫌なところまでいつも通りだなと、内心で悪態をつきたくなる態度だ。
「(ま、とにかく詳しい話を聞くのは僕も賛成だし。
しっかり話を聞いて、その上で考えようか。)」
「そうそう。でもさ、おれを連れ帰ったりして向こうはびっくりしねーのかな?
てか、何されると思う?」
「(朝から晩まで質問攻めとか?とても退屈なインドア生活だろうね。)」
「うわー……それ、何日も続いたらちょっときっついな。」
簡単に予想がつくが、体を動かすのが好きでじっとしていられないタチのロビンに、
朝から晩まで室内で過ごすはめになるというのはなかなかきついものがある。
しかも、それは恐らくお約束のように待ち受けているであろうから、なおさら滅入る。
「ま、それくらいお助け料って事かー。」
「(そう思っておいた方が幸せだろうね。)」
悪いと言うと言いすぎだが、先の展開を予想しておけばダメージは少ない。
人生そんなものだ。






―ヴィボドーラ城―
人間の国ではないからどんなすごい城だと思ってつれてこられてみれば、
案外と常識的なたたずまいの城に、ロビンとくろっちは逆に拍子抜けした。
軍人といい城といい、ありがちなイメージを裏切ってくれる国なのだろうか。
上官との面会するために出向く道中、3名は廊下を歩きながら談笑していた。
「結構良いところなんですね。」
「それは光栄です。
我らがヴィボドーラの主の居城の素晴らしさ、分かっていただけましたか。」
「いやあ、建築とか全然詳しくなくって、
すごい立派だな〜って位しか分かんないですよ。」
「私もそんなものですよ。
最低限の由来は知っていますが、やれこのタペストリーの布地はどこ産だとか、
そういううんちくなどはさっぱり語れません。」
それはそうだろうとロビンはうなずく。
いくら自分が勤める城のことでも、そんな細かいところまではいちいち覚えていられない。
賓客を案内する立場ならともかく、少なくとも一介の軍人なら必要もないだろう。
せいぜい、高級品かどうかを覚えていればいい。
「ところで、あなたの上官ってどんな方なんですか?」
「会えばわかります。気さくな方ですよ。」
船長はにっと軽く歯をむいて笑う。
気さくな人物というのには安心だが、今度はどんな種族が飛び出すかは気になるところだ。
何しろ今廊下を歩いている途中にすれ違う城の勤め人達が、
獣耳があったり肌の色が違っていたりと、かなりバラエティ豊かだから期待してしまう。
こんな面子の中で上司をやるくらいなのだから、
強いことで名前が知れている種族だろうか。
(なあくろっち、この人の上司の種族ってどうだと思う?)
(そうだね、今ひそひそ話をするのはみっともないと思うよ。)
(お前っ……!)
いつもの事だが、注意の仕方がぴりっと辛い。
確かに言っていることは正しいので、大人しく彼と内緒話をすることは諦めた。
そうこうしているうちに立派な扉の前に案内され、分厚い木の扉を船長がノックする。
「誰だね?」
「第4船隊隊長・ウィルムです。」
「よし、入れ。」
「失礼致します。」
ドアを静かに開け、深々と船長が一礼してから入っていく。
ロビンとくろっちも同じように礼をとって後に続いた。
「ご苦労。報告は聞いている。そこの彼が、君が助けたという人間だね?」
立派な机を前にした上官は、腕や首に階級章らしき豪華な飾りをつけている。
多分一師団を率いるような将軍クラスなのだろう。
「はい。バロン王国出身で、過去に陸兵団隊長を務めたロビン=レンファーと言います。
こっちは、相棒のくろっちと言います。」
「くろっち君?変わった名前だね。君がつけたのかな?」
「ええ。一応、本名はあるんですけど……好きに呼んでいいって言うんで。」
「なるほど。では、そちらも教えてもらえないかね?」
「クーヴァ=ドルファーンです。」
人語が喋れないくろっちの代わりに、ロビンがはっきりと答える。
「ドルファーン……ああ、トロイアの方の。」
―さすがに大きな群があるところは、有名なのかな?―
群の名前だけで地名がピンと来るとは、なかなか世界地理に精通しているようだ。
もちろん軍の中でもある程度の地位にあれば、
各国の主要都市位はぱっと思いつかないとお話にならないが、
地名と直結していない名詞で、すぐに連想するのは難しい。
「さて、突然のウィルムの申し出には戸惑ったことと思う。
すでに彼から話してもらったとおり、
私は人間について詳しく知りたいと思っている。
もっと踏み込んで言えば、近々人間との交流を考えているという事だ。」
「人間と、交流?それってつまり、国交、を?」
「うむ、そう考えてもらって差し支えないだろう。
かねてから我がヴィボドーラ帝国は、隣国のリア帝国と共に水面下である敵に備えている。
しかし、その敵に立ち向かうには、我々の団結だけでは完璧ではない。」
「それと立ち向かうために、人間と?」
「いいや、違う。その悪意よりももっと静かで、しかし確実に災いとなるものだ。」
「な、何だか壮大すぎてよくわかんないですね……。」
ロビンにとってはまるで哲学や抽象論を聞いているようで、聞くだけでは実感が湧かない。
ちらりと横のくろっちを窺うと、彼もいまいち腑に落ちない顔をしていた。
「とにかく、得体の知れない敵と思っていてくれ。」
「な、なるほど……。」
「そういう事なのだよ。やがて訪れる危機には、世界中が一つにならなければいけない。」
そう語りながら、いかつい手を組みなおす。
「しかし君も知っての通り、
君達人間と我々モンスターは互いに敵視している。
我々の同胞の多くは、人間が我らを嫌うように君達を嫌うのが現実だ。
大臣の中にでさえそれを隠さない者は多い。
これでは、来るべき危機に手を取り合うことはままならないだろう。」
「そこで、私は考えた。一度『本物の人間』を知ってもらうべきだと。
そのために、どうやって人間と交流を持つかずっと考えていたのだよ。」
「そこで閣下は去年の就任以来、我々に人間の文化を調査するよう命を下されました。
あなた方を助けた時も、その任務で出ていました。」
「は、はぁ……。」
何がに納得したのか、ロビンは自分でもよくわからない相槌を打つ。
話の展開に、何が何やらと言った心境だ。
「ところで君は、
我々モンスターと人間が手を組むことによって得られる最大のメリットは、何だと思うかね?」
「ええっと……子供みたいな考えで申し訳ないですけど、
人間も居た方が、人数が増えていいとか、そういう方向ですか?」
「ふむ、惜しいね。確かに味方は大いに越したことは無い。
だが先程も言ったように、我々と君達が敵対している状況では、
未知の敵に立ち向かうに当たって重大な障害が発生する恐れがあるのだよ。」
「それは一体?」
「我々が敵に備え防備を固めている様子を見て、君達は恐らく脅威を感じるだろう。
事情を知らないのだから当然だ。
そして脅威を感じれば、必ず排斥しようとする。
それではこの地上に生きるもの同士で、足を引っ張り合うことになってしまうのだよ。
これではいけないと思わないかね?」
「確かに、お互い足を引っ張り合ってたら……。」
「(相手の思う壺ですね。)」
「そ、そうです。思う壺というか。」
恐らく通じていないくろっちの言葉を借りて、ロビンは上擦り気味の声で答えた。
「その通りだ。だからこそ、我々と君達をつなぐ架け橋となる存在と努力が必要なのだ。
そこで、君に提案したい事がある。」
「提案、といいますと?」
「洋上での遭難で、君達はさぞ疲れていることだろう。
しばらくこの国で英気を養い、我々と同じ釜の飯を食べる生活をしてみないかね?」
その提案の前半部分は予想していたものの、
2人とも後半部分は全くの想定外だ。
ともあれ他に行くあてもない2人は、
しばらく顔を見合わせて相談してから、その申し出を受けたのだった。




「……何だか、すごい話になったんだね。」
最初はともかく、最後の方までくると聞いていてもピンと来ない。
狐につままれたような顔で、プーレは目をぱちぱち瞬かせた。
「そうなんだよ。
で、何だかんだで今は新しくできた小さい隊の隊長やってるぜ。
今日はうちの偉いさんがバロンの王様と話に来てるから、偉いさんのお供な。」
もうプーレ達が話しに飽きてきているような空気を感じたので、もうロビンは適当に話をまとめた。
自分でも長話になってる気はしていたので、多少グズグズでもこの際仕方がない。
「ロビンも大変だネ〜。」
“まさに波瀾万丈の人生。顔地味なのになー。”
「地味は余計だっつーの!」
素直に同意してくれたパササはともかく、エメラルドの一言は聞き捨てならなかった。
顔で人生を左右されたらたまったものではない。
「お仕事おしまい〜?」
「それがね、国と国の話だから、返事もらうまで帰れないんだよ。」
ロビンとくろっちは使節の一員としてバロンに来ているので、
今は割と暇でもフリーではない。
もしも呼び出しがあればすぐに行けるように、待機しているだけなのだ。
「よく分かんないけど、仕事が大変なんだな。」
「そうなんだよ〜、分かってくれるか?」
「何言ってるんだい。
君はあくまで護衛なんだから、大使の方程じゃないよ。」
「う、うるせー!」
「実際、今は暇じゃないか。」
「暇、暇言うなー!」
「あーあ……。」
“そう言えばロビン、途中で実家に寄ったぞ。
時間があるなら、顔を出してやった方がいいんじゃないのか?
妹さんと、くろっちの奥さん達が待ってる。”
「あっ、そうだそうだ忘れてた!顔出しにいかねーと!」
「待った。実家でも一応、城外に出るんだから許可を頂いてからだよ。」
仕事できているのだから、勝手な行動はご法度だ。
下の町にちょっと顔を出す程度でも、きちんと報告してからでなければ始末書である。
「そうだった!んじゃ、行ってくるかー。」
「待った。許可は僕が取ってくるから、君はここにいなよ。
せっかく来てくれたんだからね。」
「お、サンキュー!」
願っても居ない申し出に、ロビンは目を輝かせた。
いちいち許可を願いに行くのは、彼の性分に合わないらしい。
しかし久々に会った知り合いが一人欠けるのが、パササにはご不満だったようだ。
「えー、くろっちお兄ちゃん行っちゃうノ?」
「ごめん、でもすぐ戻ってこれるよ。」
くろっちはそう言って、すぐに部屋を出ていった。
早く話を付けに行きたいのだろう。
「優秀そうだな、くろっちさん。」
「あいつには言わねーけど、ここだけの話おれより頭いいんだよ。」
感心した様子のアルセスに、ロビンは苦笑いしている。
チョコボは人間と同じくらい賢いのが定評と言っても、
あからさまに負けているとちょっと恥ずかしくなるらしい。
「ウン、知ってタ。」
「おい!」
「パササ、それはひどいよ……。」
多分お世辞も嫌味も抜きの正直な感想は、それだけにピリッと辛かった。




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ロビンの長い長い身の上話はとりあえず終了。
子供なのでプーレ達は飽きたようです。
ロビンは別に学校の先生でもスピーチの名人でもないので、話を要約するのは苦手です。
というか、後半は自分がよく分かってない難しい話だから、説明しきれないという。
書いてる方も小難しい物言いは大変でした。